1907年創業の田宮印刷は「フロット」へ。

令和6年1月1日、田宮印刷株式会社は、
子会社の株式会社フロットを吸収合併し
社名を「株式会社フロット」として
新たにスタートしました。
印刷業としての歴史と誇りを胸に刻み、
挑戦する人・地域のオモイに応える
ソリューション企業として、
ともに歩み、ミライへ。
#Branding #Design #Printing

リニューアルに伴いURLが変わりました。

リニューアル前:https://www.tamiya.co.jp/
リニューアル後:https://flot.co.jp/

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田宮印刷の歴史

History

沿革

創業者 田宮五郎

1907年 田宮五郎が西村山郡河北町で「田宮活版」創業
1945年 有限会社田宮印刷所設立 六日町に工場建築
1951年 株式会社田宮印刷所に組織変更
1968年 本社工場を山形市の立谷川工業団地に移転
1996年 田宮印刷株式会社に商号変更
2003年 立谷川工業団地に新工場(立谷川工場)完成
2004年 ISO9001認証取得
2005年 ISO14001認証取得
2019年 日本印刷個人情報保護体制認定制度(JPPS)認定

創業ストーリー

ぞうりを手に、五郎は思った。「地域の農家は、もっと安定した暮らしができないものだろうか」。河北町の村役場に勤めていた「田宮家」十二代田宮五郎は、寝ても覚めても考え続け、日本初の「ぞうり表圧搾機」を発明。冬の副業でしかなかった「ぞうり作り」を河北町を代表する産業へと発展させた。明治22年のことである。さらに学問も重要だと考え、英語を学ぶ「英学会」や「谷地読書協力会」を結成。

明治43年、日露戦争で継続が危ぶまれていた「谷地活版所」を引き継ぐ形で印刷技術を学び自宅で「田宮印刷所」をスタートさせた。

地域のため、人のために、考え汗を流す五郎だったが、病により47歳という若さで他界。後三代は親族で繋いでいたが、太平洋戦争に突入しいよいよ経営が困難になってきた・・そこで登場するのが地域の「助成会」。社会貢献著しい田宮家をバックアップしよう、と有志たちが経営を譲り受け辛うじて営業を存続。昭和20年有限会社田宮印刷所を設立した。

その後は国内景気と共に印刷業は右肩上がり。田宮五郎の向上心を受け継ぎ、田宮印刷は地道に印刷技術を磨いて地元でも名が知られるようになった。1990年本社新社屋を竣工、2003年には生産性向上を目指し最新設備を整えた新工場を建設した。
一方で、急速なインターネットの普及は印刷物を減少させ、さらに2009年の世界的な金融危機は東北にも暗い影を落とし同業の倒産や廃業が相継いだ。新工場を建てたばかりの当社も「我慢の時代」に突入。全社あげて業務改善を行い採用も数年控えるなど低迷気が続いた。

しかし、その状況下でも田宮五郎の精神を絶やさなかった。「印刷を請け負う会社」から「お客様に提案できる会社」に変わるべく、技術力だけでなく企画提案力を育成し先を見据え復活の道筋も描いていたのである。

田宮五郎の創業の精神を守った助成会。
仲間を増やして会社にし、その中で人を育てて代々経営を行ってきた田宮印刷。
これからも時代の変化を読み、地域に役立つ組織として成長を続けていく。


私たちにできること